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長崎を洗濯致したく候〜ダイエイは長崎の歴史・文化を守り、次の世代へ継承します。
ながさき歴史散策は、ダイエイが長崎学研究家の宮川雅一先生の許可を得て過去の作品を定期的に掲載しています。
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第1回連載 明治天皇と西郷隆盛の来崎
 
第2回連載 坂本龍馬と長崎
 
第3回連載 長崎奉行・松平図書頭康平のこと
 
第4回連載 長崎と坂本龍馬に深く関わった
薩摩藩家老・小松帯刀
 
第5回連載 斎藤茂吉と長崎
 
第6回連載 福澤諭吉と長崎
 
第7回連載 女傑の茶商人・大浦お慶はねずみ年生まれ
 
第8回連載 姿三四郎のモデル 柔道家・
西郷四郎
 
第9回連載 明治期・長崎における産業経済界の大恩人・リンガー
 
第10回連載 長崎水産業界の恩人・倉場富三郎
 
NHK大河「ドラマ龍馬伝」応援企画@
三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の初来崎
 
NHK大河「ドラマ龍馬伝」応援企画A
龍馬も出入りした土佐商会を作り高島炭鉱を経営
した後藤象二郎
連載第2回 坂本龍馬と長崎
 
 
 11月15日は、坂本龍馬の誕生日でもあり、命日でもある。そこで、「亀山社中ば活かす会」では毎年この日前後に、「亀山社中幕末祭」を開催し、神事その他の行事を行い、龍馬を偲んでいる。

 龍馬は、天保6年(1835)11月15日、高知の酒造家で郷士の家に生まれた。土佐藩の尊皇攘夷派に加わるが、脱藩して勝海舟の門に入り、幕府の神戸海軍操練所の設立・運営に関与した。

 元治元年(1864)、外国連合艦隊の長州攻撃を調停するため長崎に行く勝海舟に随行して、2月14日神戸を出航。翌日、大分の佐賀関に上陸。
陸路、熊本城下を経て高橋宿で再度乗船。22日に島原に到着、北目回りで会津(現・雲仙市愛野町愛津)に一泊。日見峠を越えて23日に長崎に到着している。福済寺あたりに落ち着くが、以後の動向は記録がない。4月4日に長崎を出立、往路と同じコースで12日神戸に帰着。

 慶応元年(1865)、鹿児島に帰る小松帯刀・西郷隆盛らと、4月26日、大坂で薩摩船胡蝶丸に乗船。
5月1日に鹿児島帰着。この途中の4月29日か30日に長崎に寄港しているようである。龍馬が留守の長崎では、亀山社中が薩摩藩や長崎の豪商・小曽根家の支援で設立。11月には、長州藩が薩摩藩名義でグラバーから購入したユニオン号(薩摩藩名・桜島丸、長州藩名・乙丑丸)に乗り組み、長崎へ回航、後を近藤(上杉)長次郎に託して下関に戻る。

 慶応二年(1866)、妻お龍を同伴、3月5日、再度、小松・西郷らと薩摩船三邦丸で大坂を出帆、鹿児島へ向かう。途中、8日に長崎へ寄港し、自刃した近藤の墳墓を弔う(時期に異説)。6月1日に夫婦で鹿児島を乙丑丸で出航。途中お龍を長崎の小曽根邸に預け、五島に渡り、遭難した社中持ち船・ワィル・ウエッフ号の慰霊碑を建立して長崎に戻り、14日下関に帰着。

 慶応三年(1867)1月11日、長崎に上陸。13日、榎津町の料亭精風亭で土佐藩の後藤象二郎やジョン万次郎らと会談。土佐藩と和解し、2月10日、小曽根邸にいたお龍を連れて下関に戻る。

 4月、下関に寄港した大洲藩のいろは丸で、8日長崎着。10日ごろ、脱藩罪が赦免されて土佐海援隊長となる。

 同月19日、いろは丸で長崎を出帆するが、22日夜、瀬戸内海で紀州藩の明光丸と衝突・沈没。明光丸で鞆津へ上陸し、5月13日、長崎に戻り、薩摩藩の五代才助(友厚)の調停で紀州藩との賠償問題を解決する(談判した場所は聖福寺)。6月9日、土佐藩の水蓮(夕顔)丸で後藤とともに長崎出帆、兵庫港へ。この間に例の「船中八策」(※注)ができる。

 7月15日、海援隊員のイカルス号水兵殺害嫌疑を処理に来崎。解決後の9月18日、土佐向け銃器等を乗せた芸州船震天丸で長崎を離れた。
同年11月15日、京都で土佐陸援隊長・中岡慎太郎とともに襲われ、闘死した。

                                                  長崎都市経営研究所所長
                                                  長崎学研究家 宮川 雅一    
せんちゅうはっさく
(※注)船中八策=坂本龍馬が後藤象二郎に示した8ヶ条の新国家構想。


上京する船中で書かれたのでこの名がある。
 
<プロフィール>
宮川 雅一 (みやがわ まさかず)
昭和 9年生れ
長崎市に生れ勝山国民学校→長崎中学校(新制)→長崎東高等学校を経て
昭和32年 東京大学法学部卒
昭和54年 長崎市助役
昭和62年 長崎都市経営研究所所長
著書には「長崎散策〜歌碑歌跡を訪ねて」・「斉藤茂吉の歌碑歌跡を訪ねて」・「向井去来の句碑足跡を訪ねて」などがある。
近年は、学さるくをはじめ文化継承活動にも精力的に活動なされている。
 
 
 
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